しろくろの不思議?

落ちこぼれが語るダメ人間的な疑問?

ネガティブハートで何が悪い?

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もうじき正月か~今年は色々あったな~(クリスマス?なにそれおいしいの?)

 

どうも、しろくろぜろりばーす 中の人です

 

晴れたかと思いきやまた雨、雨が止んだと思ったら曇り空。

環境変化の影響もあってか体調も崩しやすい日々が続いています。

 

それも合ってか気分も浮き沈み状態、これで大丈夫かと思う一方…

「気合いを入れろ」とか「皆頑張ってるから頑張れ」見たいに前向きに考えるべきなのかも知れないが、だからと言ってしんどいのは変わらないだろう。

 

 

体調を崩せば不安にもなるし焦りもする。それ以外にも不安要素は沢山、いつだって心は真っ黒曇りまくりのネガティブハートだ。

 

 

   失敗を美化しても成功にはならない?

 

例えば、アルバイトをしてるバンドマンが飲み会に参加したせいで次の日寝坊してしまいます。

その日もバイトがありましたが寝坊したバンドマンは連絡もせずに休みます。

そのバンドマンはその時のことをこう語ったそうです。

「後悔はしてません。バイトがやりたいことかと考えた時、魂が震えなかったからです。自分にはバイトよりも魂を震えることに時間を使いたいからです。もし、魂が震えたら寝坊なんてしないでしょうから。」

 

「魂が震えたら無断欠勤して良いのでしょうか?」文章だけでみればこう思う筈です。

しかし、実際にそのバンドマンが夢を叶えた当事者言ったと仮定した場合物凄く説得力を感じるように聞こえるかも知れません。

 

ですがバンドマンが寝坊しただけでなく無断欠勤した事実は変わりません。

例え後で結果的に成功したとしてもそれは紛れもない失敗です。

 

勿論、自分に無理をしてまでやりたくもない事をする必要はないでしょう。

ですがだからと言って失敗を正当化してもそれは逃げる口実でしかありません。

 

「失敗の再定義」その物と言って良いでしょう。

https://blog.hatena.ne.jp/sirokuroz/sirokuroz.hatenablog.com/edit?entry=26006613477649526

勿論例外もありますが、逃げの口実のポジティブ発言をする位なら堂々と失敗を認めて逃げた方がましかも?なんて思ったりもします。

 

   ポジティブで恐怖は無くなるのか?

 

「もっと自分を大事にしろ」「怖がらなくて大丈夫、みんな味方だよ」

そんな風に勇気づけようとする人達がいるかも知れない。

 

だがそんな言葉だけで恐怖が消える位なら苦労はしないだろう。

自分を痛めつけるのは恐怖に打ち勝つ為でもあるのだから…

 

例え一つを乗り越えてもまた新たな難関が立ちはだかる。

それはやりたいことでもそうでないことでも一緒だろう。

 

周りの人は自分を大事に思ってくるかも知れないが、自分で自分を大事にしすぎる必要はない筈だ。

もし、自分がだらしない人間だとしたら少し喝をいれる位が丁度いい。

「限界を超えて壊れろ」とまではいわなくとも「限界手前でやれるとこまで」位の勢いがあるに越したことはないだろう。

 

勿論、やりたい事でならだ。だが今やってることが好きなことに必要なことなら目的を考え直してみるのも面白いかも?

戦うなら戦う。逃げるなら逃げる。それが1番かもなんて思ったりもする。

 

      ネガティブで悪いか?

 

ネガティブな考えは否定的に捉えられるかも知れないがそれは自分の悪い所を少し大げさでも認めてるということ。

だからこそ乗り越える為戦える。場合によってはネガティブな部分さえも武器にできる。

それはさっき話した。「失敗の再定義」と同じと思われるかもだが、悪いかどうかを認めてるかどうかでは違った形になるだろう。

 

自分に対しては少し後ろ向き位が丁度良いかも?

 

とまぁ~自称ネガティブ信者が語らせて頂きました。

ネガティブな人を見ると何となく親近感がわきます。

 

「この人もこの人なりに大変なんだな~」なんて中学生以下な感想。

正直、下手に明るい考えを押し付ける人より余程人間性を感じます。

 

自分の場合ネガティブに救われたから今があるって点もあるんですがね(笑)

 

さて、今回はここまで。

見てくれた人も、見なかった人も(見なきゃわからないだろ)

ありがとうございました。