しろくろの不思議?

落ちこぼれが語るダメ人間的な疑問?

生きて死ぬとは?~100日後に死ぬワニから考える生死感

 

どうも、しろくろぜろりばーす 中の人です。

 

Twitterで話題の「100日後に死ぬワニ」が予定通り終わりを迎えました。

 

 

「100日後に死ぬワニ」は漫画家/イラストレーターのきくちゆうき著の四コマ漫画で100日後に必ず死ぬをコンセプトに毎日一話ずつTwitter上に投稿されていました。

 

 

死と言う一見後ろ向きに見えて決して他人事ではなく当たり前に存在する事。

しかし、殆んどの人は自分がいつ死ぬか分からいで生きている。

 

「100日後に死ぬワニ」に登場するワニも恐らく自分が100日後に死ぬ事は知らず何げない日常を送っていました。

 

友達と遊びバイトをし恋をし夢を語り悩み他者を助ける優しさ、時には他人に嫉妬する

ワニは死ぬ事を知らないが見ている読者はその運命を知っている。

そう考えると何げない日常も少し切なく視えます。

 

それはある意味自分たちの人生にもいえる事でしょう。

 

「もしかしたらこれから死ぬかも知れない」

 

悪ふざけな言葉に聞こえるかも知れないがそれはありえない話ではない。

だからこそ大事に生きたい。

そう思わされます。

 

「100日後に死ぬワニ」毎日一話ずつの投稿でワニの余命をリアルに追う形。

アンチテーゼな考えとして、この作者は100日は必ず生きると確信してるのでは?

何て意見も視られます。

 

普通に考えれば100日位は生きる。

だが死が当たり前に存在する事を伝える人がそれを言ったら矛盾してるだろ

それも確かに一理あるかも知れません。

 

只、私が思うにはそれは当たり前に生きるだろうと過信しやってきたのではなく。

今出来る事を精一杯やりたい。そういうことなのではと思います。

 

出来るからやるのではなくやり遂げたいからやる。

 

人が何かに挑戦するきかっけはいつだってそうである筈です。

 

 

人は死ぬ必ず死ぬ。

だからと言って毎日死ぬ事を考える必要もなければ悩む必要もない。

でもそれは日常に潜んでいる出来事。

 

生きざまは死にざまで決まるなんてセリフもありましたがどうなるかはその時でないと分からない。

 

これから死ぬと思うから生きるではなく死ぬかも知れないけど生きたい。

そんな風に考えたいです。

 

 それでは今回はここまで!

f:id:sirokuroz:20200321163207j:plain

勢いで作ったら雑なのが出来た

 

 読んで下さった皆様、読んでいない人達も!

 

ありがとうございました。